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Michael Cundith - Japanese

Michael Cundith マイケル カンディス Link to English MC page写真は、英語版で見てください。

?????????? マイケル カンディスは、40年もの間トップシェーパーとして、活躍しています。

常に新し事にチャレンジして、いつまでも子供の心で興味を持ち続け、各種のサーフボードのみならず、セールボードなど多種多様のデザインをしています。

以下は、マイケルからのメッセージです。

G'DAY PLANET EARTH  (グッダイ プラネットアース) 
by Michael Cundith

 私のことを知らない人たちに、私がどうやって、サーフィンをはじめるようになったか、伝えたいと思います。

一番最初に私がサーフィンしたのは12歳の時でした。エアーマットでした。なんと48年前です。なんだかんだと楽しんでいる間に、時はアット言う間に過ぎていきます。


13歳の時に、初めて自分の板を手に入れました。ロングボードでした。でも、ビーチまで担いでいくには、あまりにも大きすぎたので、板を半分に切って、ファイバーグラスをめくって、レールやテールをシェープしなおして、家のガレージで親に隠れて、見よう見まねでファイバーグラスを巻いて、ショートボードを自分で作ったのが シェーパーとしての始まりです。


16歳の時には、サーフボードのシェープをはじめ、ラミネートから最終工程まで、フルタイムでやっていました。

高校にも行ってましたが、当時の高校の校長先生は、両親と親友で、将来に役に立つことをしているのであれば、そして自分の好きな世界でまじめに熱心にやっていたら、それなりの単位をくれるという、リラックスした時代だったので、無事卒業できました。

気がついたら、サーフィンの世界にどっぷり漬かって、今に至ってます。


1967年にウィルダネス(Wilderness)サーフボードという工場をカリフォルニアのサンタバーバラで一人で始めました。そして、グリーノーのスタビーズを作ってました。毎日サーフィンして、ボードを作りテストを

繰り返すという毎日でした。グリーノーとも一緒に毎日サーフィンをして、ボードを作るということだけに専念しました。


オーストラリアに引っ越してからは、まず最初にボブ クーパーのもとでシェープして、その後アメリカで我が家で長期ステーしていた、ナット ヤングに誘われて、バイロンベイのサンワーン サーフボードに移りました。そしてヌーサの

ケビン プラットで3年、その後、バイロンベイに帰ってきて、今度は、スカイサーフボードに参加しました。

80年中ごろから、90年中ごろまでの10年程、ボードを作りながら、セール スキーをいう、セールボードも作ってました。


スカイ サーフボードが無くなったのを機会に、スカイの工場だったところを買って、自分の工場を始めて、現在に至ってます。


この間、ズーット一貫してやってきたことは、シェープしてテスト、テストしてシェープという常に、「もっといいボードを!」という、気持ちでやって来ました。今は、デニーウィルスのプロのショートボードから、ロングボードまで、サーフボードも25種類あり、

多種多様のクライアントに対応できるように出来るのが、モットーです。昔から、今もシェープは、常に自分自身でやってます。

愛するファミリー(妻と男の子二人)にも恵まれて、本当に毎日を楽しんで、今日のマーケットに対応できるように、新しいチャレンジに挑むのが楽しみの一つです。



ただ、ただ、これまでズーット50年近く、気がついたら、サーフィンに生きて、サーフィンを夢見て、サーフィンの事を考えて・・・・・・・・それでも、毎日めちゃくちゃ楽しい!

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